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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)11137号 判決

原告

大八木英夫

ほか一名

被告

藤平義雄

ほか二名

主文

一  被告らは、各自、原告大八木英夫に対し、金七九五万三八三七円及び右金員に対する昭和五五年一月一六日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告大八木和子に対し、金七六〇万三八三七円及び右金員に対する昭和五五年一月一六日から支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告らの、その余を被告らの各連帯負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告大八木英夫に対し、金三四三〇万六〇四七円及び右金員に対する昭和五五年一月一六日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告大八木和子に対し、金三三九二万八〇四七円及び右金員に対する昭和五五年一月一六日から支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和五二年六月四日午後一一時五五分ころ、東京都品川区大井三丁目八番二〇号先路上において、被告藤平伸也(以下「被告伸也」という。)が運転し、訴外亡大八木淳志(以下「亡淳志」という。)が後部座席に同乗した自動二輪車(車両番号横浜む一九五四、以下「本件車両」という。)が、右道路わきに設置されていたコンクリート製電柱(以下「本件電柱」という。)に激突し、亡淳志は路面で頭部を強打し、頭蓋骨骨折、脳挫傷等により、即時同所において死亡する事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

2  責任原因

(一) 被告伸也

被告伸也は、本件車両を所有し、かつ、自らこれを運転使用して、自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条の運行供用者責任を、また、酒気を帯びたうえ、制限速度(毎時三〇キロメートル)をこえる毎時六〇ないし七〇キロメートルの速度で本件車両を運転し、かつ、前方注意義務を怠り、本件事故現場手前のカーブを曲り切れずに道路わきの本件電柱に本件車両を激突させて本件事故を発生させたのであるから、民法七〇九条の不法行為責任をそれぞれ負うものである。

(二) 被告藤平義雄、同藤平フミコ(以下「被告義雄」、「同フミコ」という。)

原告らは、以下の自賠法三条の運行供用者責任と民法七〇九条の不法行為責任を、選択的に主張する。

(1) 自賠法三条の運行供用者責任

被告義雄、同フミコは、被告伸也の父及で母であり、本件事故当時高校生であつた被告伸也を扶養、教育、監護していた。また、被告伸也の通学する日本大学高等学校では、高校生の自動二輪車保有を禁止していたにもかかわらず、被告フミコは、被告伸也に本件車両を買い与え、被告義雄も事後にこれを承諾した。そして、被告義雄、同フミコは、右車両を自らの住居に保管し、かつ、事故当日は深夜被告伸也がそのアルバイト先から亡淳志宅へ右車両で遊びに行くことを許した。したがつて、被告義雄、同フミコは自由に自らの意思で、被告伸也の運転を禁止し、制限し、運転方法を指示できたのであり、他方、被告伸也においても、被告義雄、同フミコの指示や許しを求めたうえで右車両を使用するのが一般であつたのであるから、被告義雄、同フミコは被告伸也と共に、本件車両の運行を支配していたものであつて、共に自賠法三条の運行供用者責任を負う。

(2) 民法七〇九条の不法行為責任

被告義雄、同フミコは、本件事故当時未成年者であつた被告伸也の親権者として、前記のとおり、自動二輪車の購入を校則によつて禁じられているのであるから、これを被告伸也に買い与えてはならず、また、買い与えた以上は飲酒運転、速度超過等、法令に違反する方法による運転ならびに適切でない方法による運転を禁止する等の注意を与えるべきであり、更に、免許取得後間もない被告伸也が許しを求めてもアルバイト後の疲れた身体で深夜遊び目的の遠出、ことに飲酒運転、二人乗り等は厳にこれを禁止すべきであつたにもかかわらず、このような注意を与えず、深夜疲れた身体での遠出を許し、かつ、その際格別の注意も与えなかつたため、被告伸也に対し、飲酒、二人乗り運転を許した結果となり、本件事故を惹起せしめたのであるから、被告義雄、同フミコには、被告伸也の監督義務を怠つた過失がある。そして、右過失と本件事故との間には相当因果関係があるから、被告義雄、同フミコは民法七〇九条の不法行為責任を負う。

3  損害

(一) 葬儀費用等 金三五万円

原告大八木英夫(以下「原告英夫」という。)は、亡淳志の葬儀費用等として少なくとも金三五万円を下らない支出をした。

(二) 亡淳志の逸失利益

(1) 主位的主張 金六三八二万九七一九円

亡淳志は、原告英夫、被告大八木和子(以下「原告和子」という。)の間の一人息子(昭和三五年一月一〇日生、本件事故当時一六歳)であり、原告英夫は、食肉卸売及び小売業等を営む有限会社小和田屋商店の代表取締役である。同社は、従業員七名の個人企業的色彩を帯びた会社であり、その会社経営者をつぐ者の決定については、事実上原告英夫の意思に基づくものであるところ、亡淳志は、前記のとおり、原告らの一人息子であるところから、同人は原告らにおいて、右会社の経営者として予定され、また、同人もそれを強く望んでいたものである。したがつて、亡淳志は、昭和五八年三月大学卒業と共に、直ちに右会社に就職する予定であつた。

昭和五三年度における右会社の給与体系は、初任給月額金一三万円、賞与年六ケ月分を支給し、その後、毎年一回五パーセントの定期昇給があるというものである。そして亡淳志は、三一歳に達するまで、右会社の従業員の地位にあり、右年齢に達すると会社役員に就任し、以後は、少なくとも従業員としての給与月額金三〇万円(昭和五三年度の給与体系による)、賞与年六ケ月分を受領する予定であつた。そして原告英夫が六七歳、すなわち亡淳志が三八歳に達した時、亡淳志は、原告英夫に代つて右会社の代表取締役に就任する予定であつた。昭和五三年度における右会社の代表取締役の給与は月額金四九万円、賞与年六ケ月分相当額である。そこで、以上の収入を基礎とし、生活費として五割を控除し、新ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、逸失利益の現在価額を算出すると、別紙逸失利益計算書のとおり、金六三八二万九七一九円となる。

原告らは、亡淳志の死亡により、同人の父母として、それぞれ右逸失利益の二分の一である金三一九一万四八五九円を相続により取得した。

(2) 予備的主張 金四〇一二万八〇〇〇円

亡淳志は、昭和三五年一一月一〇日生まれの男子であり、一八歳から六七歳までの四九年間稼働可能であつた。そこで昭和五四年賃金センサス第一巻第一表の産業計企業規模計学歴計の男子年齢階級別平均給与額を一・〇六七四倍した全年齢平均給与額(平均月額)二八万一六〇〇円を基礎とし、生活費として五割を控除し、新ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、逸失利益の現在価額を算出すると、次の計算式のとおり、金四〇一二万八〇〇〇円となる。281,600×12×(1-0.5)×23.750=40,128,000

原告らは、亡淳志の死亡により、同人の父母として、それぞれ右逸失利益の二分の一である金二〇〇六万四〇〇〇円を相続により取得した。

(三) 慰謝料

亡淳志の生命侵害に対する慰謝料として、金五〇〇万円、同人の死亡に伴う同人の父母としての原告らに対する慰謝料として各金五〇〇万円が相当である。但し、亡淳志の慰謝料については、同人が好意同乗者であることを考慮してその二割を減額する。そして、原告らは、同人の父母として、それぞれ右減額後の金四〇〇万円の二分の一ずつを相続により取得した。

(四) 損害のてん補

原告らは、本件事故に関し、自動車損害賠償責任保険からそれぞれ金七五〇万円ずつの支払を受けた。

(五) 弁護士費用

原告らは、被告らが任意に損害を賠償しないので、原告ら訴訟代理人に本訴の提起及び追行を委任し、報酬を支払うことを約した。その額は、原告英夫について金二五四万一一八八円、原告和子について金二五一万三一八八円(但し、亡淳志の逸失利益の予備的主張が認められる場合は、原告英夫につき金二一九万三一二〇円、原告和子につき金二一六万五一二〇円)となる。

4  よつて、被告ら各自に対し、原告英夫は合計金三四三〇万六〇四七円及び右金員に対する昭和五五年一月一六日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告和子は金三三九二万八〇四七円及び右金員に対する右同日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、被告伸也が本件車両を運転し、亡淳志が右車両の後部座席に同乗していた事実は否認し、その余の事実は認める。

本件車両の事故当時の運転者は亡淳志であつて、被告伸也は後部座席に同乗していたにすぎない。すなわち、被告伸也は、事故当日友人の亡淳志方で宿泊する予定となつていたため、同夜午後一一時ころ、待ち合わせ場所の自由ケ丘の喫茶店から本件車両で亡淳志方に向かうことになつた。当初、被告伸也は、後部座席に同乗した亡淳志の指示に従い、大井町方面に向けて運転していたのであるが、暗く、しかも狭隘な道路が多いため、進行道路をまちがえることがしばしばであつた。そして本件事故直前においても、道路をまちがえて本件車両をUターンさせているとき、亡淳志が運転させてくれと頼むため、やむなく運転を交替した。その後は亡淳志が運転し、被告伸也が後部座席に同乗して本件事故現場に至つたものである。

2(一)  請求原因2(一)のうち、被告伸也が本件車両の保有者であることは認めるが、本件事故発生時の運転者は亡淳志であるから、被告伸也に自賠法三条もしくは民法七〇九条の責任があることは争う。

(二)  同2(二)(1)のうち被告義雄、同フミコが、被告伸也の父及び母であることは認めるが、同被告らに自賠法三条に基づく責任があることは争う。

(三)  同2(二)(2)について被告義雄、同フミコに民法七〇九条の責任があることは争う。仮に同被告らに被告伸也に対する監督義務を怠つた事実があるとしても右事実と本件事故との間には相当因果関係がない。

3  同3の(一)ないし(四)は否認する。

三  抗弁

(好意同乗)

仮に、本件事故当時、被告伸也が本件車両の運転者であつたとしても、亡淳志は、アルバイトで疲れていた被告伸也を無理に自宅に誘い、また、自由ケ丘の喫茶店において自らも飲酒すると共に被告伸也にもウイスキーを勧め飲酒させていた事実からしても、亡淳志は本件車両に同乗する際、その危険性もすべて承知していたのであるから、好意同乗として少なくとも七割以上の損害額の減額がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

被告らの好意同乗の主張について、亡淳志が被告伸也を無理に自宅に誘つた事実、飲酒を勧めた事実はいずれも否認し、その主張は争う。減額されるべきものとしてもその割合は、前記のとおり二割である。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1の事実は、本件事故発生時の運転者が被告伸也であり、後部座席同乗者が亡淳志であるとの点を除き当事者間に争いがなく、本件の主要な争点は、本件事故発生時における本件車両の運転者が被告伸也、亡淳志のうちいずれであつたかであるから、まず右の争点について検討する。

二  当裁判所の認定した基本的事実関係

1  事故に至る経緯

証人橘雄二の証言、被告伸也本人尋問の結果によれば、昭和五二年六月四日、亡淳志は、共に日本大学高等学校に通う友人である被告伸也及び橘雄二に対し、同日の夜亡淳志方に遊びに来ないかと話をもちかけ、右両名はこれに同意したこと、そこで、亡淳志と橘雄二は同日午後八時ころ、また、被告伸也は同日午後一〇時三〇分ころ、それぞれ待ち合わせ場所の東京都目黒区自由ケ丘駅近くの喫茶店「ローマ」に赴き、亡淳志は同日九時すぎころからウイスキーの水割りを二、三杯、被告伸也も到着後同じく水割り一杯を飲んだこと、同日午後一一時すぎころ、右三名は右喫茶店を出て橘雄二は電車で、また、被告伸也と亡淳志は、被告伸也が右喫茶店に乗車してきた本件車両で、それぞれ亡淳志方に向かうことになり、被告伸也はヘルメツトを着用して本件車両を運転し、亡淳志はヘルメツトを着用することなく、同人方への道順を案内するべく右車両の後部座席に同乗して、右喫茶店から出発したことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

2  事故の態様

いずれも成立に争いのない甲第一号証、第二号証の一及び二、乙第一、第二号証、証人上野正彦の証言により真正に成立したものと認められる甲第二四、第二五号証(甲第二五号証の欄外の記入部分以外の部分については、その成立につき当事者間に争いがない。)、証人佐藤宣之、同前田勇、同上野正彦、同桑迫輝文の各証言、被告伸也本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

すなわち、同日午後一一時五五分ころ、本件車両は、時速約四〇キロメートルで、本件事故現場の手前約四〇メートルの変形五叉路交差点付近に南から北に向けてさしかかつたところ、右交差点前方が緩やかに左にカーブしていたため、同カーブを曲り切れず、右交差点を通過した直後から中央線を超えて反対車線内に入り、車体は少し左側に傾いて横滑りしはじめた。そして、右交差点の北約三四メートルの本件道路東側にある長さ一・二三メートルのブロツク塀(以下「第一ブロツク塀」という。)に本件車両の前輪を乗り上げ、かつ、前輪右側を右第一ブロツク塀を擦過するようにして進行し、その後は車体が左側に傾いた状態のままで本件道路東端を滑走し、右第一ブロツク塀の前方約四・二メートルの地点にあるブロツク塀(以下「第二ブロツク塀」という。)に接触したあと、第二ブロツク塀の接触部分の前方約一・八一メートル道路東端にあるコンクリート製電柱(本件電柱)に激突し、その勢いで、亡淳志は右電柱の直近南側に、被告伸也は右電柱の約三・八五メートル前方に駐車していたシヨベルカーのバケツト付近にそれぞれ投げ出されて転倒し、また、本件車両は、道路中央線を超え、右バケツト付近の反対車線の中央まで滑走したことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

更に、前掲乙第一号証、証人佐藤宣之及び同前田勇の各証言によれば、本件事故直前の本件車両の走行状態を目撃した佐藤宣之は、捜査段階において、当時の記憶に基づき、「ヘルメツトをかぶつている人が運転していた。」と供述していること、事故現場において、ヘルメツトは、右シヨベルカーのバケツト付近に倒れていた被告伸也のすぐそばに落ちていたことがそれぞれ認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  亡淳志、被告伸也の負傷状況

(一)  前掲甲第二四、第二五号証、いずれも成立に争いのない甲第二九ないし第三三号証、証人上野正彦の証言によれば本件事故により亡淳志は、頭蓋骨骨折、脳挫傷等の傷害を負つて即死し、後頭部に長さ四センチメートル、幅一センチメートルの挫創、右頬部、右肩甲部、右肘外面にそれぞれ手のひら大の表皮剥脱、左上瞼より左頬部にかけて表皮剥脱と裂創、左上腕内面に鶏卵大二個の表皮剥脱、両手背面に表皮剥脱(散在)、左前胸部より左腹側面に赤褐色皮下出血状の打撲傷(点在)などの傷害を負つたこと、また、被告伸也は、左下腿両骨開放骨折、左撓骨骨折、左尺骨開放骨折、頭蓋骨開放骨折、脳挫傷、右下腿圧挫創、左尺骨神経不全麻痺、右撓骨下端骨端線離開等の傷害を負つたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

(二)  証人桑迫輝文の証言によれば、本件事故発生直後、本件事故現場に急行した大井警察署パトロールカー乗務の警察官桑迫輝文は、現場での事故収理を終え、被告伸也が本件事故後直ちに救急車によつて収容され、以来入院して治療を受けた第三北品川病院へと向かう途中で、亡淳志が死亡した旨の連絡と、運転者が誰であつたかを調査せよとの命令を受け、右病院に到着後、被告伸也から同人の応急処置がなされた後約一時間半にわたり、亡淳志死亡の事実は秘して事情聴取にあたつたこと、被告伸也は、右病院内の緊急処置室からレントゲン室へ運ばれる時点では、既に意識を回復しており、右桑迫に対して、「後ろに乗つていた人はどうしました。」と尋ね、同乗者の安否を気遣つていたこと、そこで右桑迫が、被告伸也に対し、運転免許証の呈示を求めたところ、同人は自らズボンの後ろポケツトから運転免許証を取り出して右桑迫に呈示し、更に、右桑迫が被告伸也に対し、三回ぐらい「運転していたのは誰か」と質問したところ、被告伸也は自分であると答えたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  また前掲甲第二九ないし第三三号証によれば、被告伸也が右病院に同年六月五日午前二時すぎころ収容された時点では、意識朦朧とした状態であつたが、応急処置中に意識は清明に近い状態となり、同日午前三時一五分ころには、同人の母親と短い会話をかわし、同日午前四時ころには呼びかけると開眼し、すつきりした表情で会話ができるようになり、多少辻つまのあわないことは言うものの正確に応答できるようになつたこと、その後も意識は次第に回復し、同月七日ころまでにはほぼ正常な状態にまで回復したこと、また、被告伸也の診察を担当した医師は、診療録(甲第三〇号証)に「単車2人乗で運転中何かと衝突、飲酒」と、また、担当看護婦は、看護記録(甲第二九号証の一部)に「後に乗つていた人オオヤギ君」とそれぞれ記載していることが認められる。もつとも被告伸也、同義雄はいずれも、その各本人尋問の際の供述中において、被告伸也は、事故後二、三日たつてようやく意識が回復し、その時に会話ができるようになつた旨述べているが、右の各供述は、前掲甲第二九号証の記載に照らし採用できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  以上認定の事実関係を基礎として、更に検討を進める。

1  被告伸也と亡淳志の受傷部位について

被告伸也の受傷部位は前認定のとおりであるが、証人上野正彦の証言によれば、左下腿両骨開放骨折、右下腿圧挫創は、運転者が自動二輸車から投げ出される際、そのハンドル部分に両脚を強く打ちつけたため生じる蓋然性が相当高いことが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。そして、右事実に前認定の本件電柱に衝突直前、本件車両は左側を下にして横倒しになつた状態であつたこと及びその状態から本件電柱に激突し前方に投げ出される際には、運転席に乗車している者は、ハンドルもまた左を下に傾いていることから、左足の方を右足よりも強くハンドルに打ちつけるものと推認し得ること、並びに被告伸也が、前認定のとおり左足に重大な傷害を負つていることを併わせ考えると、被告伸也は運転席にいた可能性が高い。また、同人の両腕には、左撓骨骨折、右撓骨下端骨端線離開等の傷害があるが、右傷害は、運転者がハンドルを握つていて、本件車両が第一、第二ブロツク塀、本件電柱に激突した際、ハンドルから受けた衝撃を両腕に受け、この衝撃が身体に伝わる過程において、生じた可能性がある。

他方亡淳志の受傷部位についてみるに、亡淳志は、前認定のとおり、右頬部、右肩甲部、右肘外面にそれぞれ手のひら大の表皮剥脱、左上瞼より左頬部にかけての表皮剥脱と裂創、左上腕内面に鶏卵大二個の表皮剥脱、両手背面に表皮剥脱(散在)等多数の擦過傷を特に身体の右側部分に負つており、右受傷部位に前認定の事故態様を併わせ考えると本件車両が第一ブロツク塀に衝突した際、後部座席に同乗し、不安定な状態にあつた亡淳志は、その衝撃によつて右ブロツク塀と接触し、擦過傷を多数、特に身体右側部分に負つた可能性がある。そして被告伸也には、同被告が亡淳志のように多数の擦過傷を負つたことを認めるに足りる証拠はないが、同被告は、運転席でハンドルを握り安定した状態にあつたため、ブロツク塀に衝突する際も身をかわすことができたために、亡淳志のような擦過傷を負わずにすんだものと推認できる。(なお、証人上野正彦の証言によれば、東京都監察医務院副院長医師上野正彦は、亡淳志が後部座席に乗車していたとしても受傷部位との間に全く矛盾がなかつたから同人を解剖しなかつたものであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。)

2  被告伸也が事故後直ちに入院して治療を受けた第三北品川病院内での言動及び病状について

被告伸也が前認定のとおり、警察官桑迫輝文に対し、必ずしも完全に清明な意識状態ではなかつたにしろ、「後ろに乗つていた人はどうしました。」と尋ね、また、運転していたのは自分である旨述べたこと及び前認定の診療録、看護記録中に前認定の各記載があること(被告伸也の治療を担当した医師及び看護婦が被告伸也から直接聞いたことをそのまま右のように記載したものと推認される。)は、いずれも本件事故当時、被告伸也が本件車両を運転していたことを推認させるに足りる重要な事実であるというべきである。

3  目撃者の目撃事実について

また、目撃者佐藤宣之が、捜査段階において「ヘルメツトをかぶつている人が運転していた。」と供述していること及び本件事故現場において被告伸也のすぐそばにヘルメツトが落ちていたこと(なお、被告伸也がヘルメツトを着用していたことについては、同被告自身もその本人尋問においてその旨を供述している。)もまた、本件事故当時、被告伸也が本件車両を運転していた事実を裏付けるものということができる。

4  以上1ないし3を総合すれば、本件事故現場における本件事故当時の本件車両の運転者は、亡淳志ではなく、被告伸也であつて、亡淳志は後部座席同乗者であつたことを推認するに十分である。

もつとも、亡淳志と被告伸也の転倒位置については、前認定のとおり、衝突地点である本件電柱の近くには亡淳志が倒れ、衝突地点より約三・八五メートル先には被告伸也が倒れていたのであり、証人上野正彦の証言によれば、二人乗り自動二輪車の前輪が堅い物体に激突した場合、後部座席同乗者の方が運転者よりも遠くへ飛ばされる可能性が一般的に大きいことが認められる(右認定を左右すべき証拠はない。)から右認定の事実だけからすれば、被告伸也が後部座席に同乗していた可能性を全く否定しまうことはできないということになるけれども、他方、同証人の証言によれば、右の可能性は、事故に至るまでの自動二輪車の走行状況、衝突の態様、衝突した物体の形状や性質などの諸要件が異なれば、それによつて変化するものであることが認められる(右認定を左右すべき証拠はない。)ところ、前認定のとおり、本件車両は、本件電柱に衝突する直前は車体を左側に傾けて滑走していること、亡淳志及び本件車両は進行方向右側のブロツク塀に接触し、擦過していること、被告伸也及び本件車両は共に前記シヨベルカーのバケツト付近に転倒していることが明らかなのであるから、前認定に係る亡淳志及び被告伸也の転倒位置のみをもつてしては、いまだ右推認を覆すに足りるものということはできない。

また、被告らは、喫茶店「ローマ」を出発する時点では、被告伸也が運転していたが、被告伸也が地理不案内のため、途中で亡淳志と運転を交替したものであり、本件事故発生時の運転者は、亡淳志であつた旨主張し、被告伸也の供述中にはこれに沿う部分があるが、右部分においては、同被告の供述に係る右の運転を交替した地点が明確でないことのほか、先に認定した諸事実に対比すれば、これをたやすく採用できないものであるから、右供述部分をもつて、右推認を覆すに足りるものとすることもできない。

その他右の推認を覆すに足りる証拠ない。

四  被告らの責任について判断する。

1  被告伸也の責任について

被告伸也が、本件車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していたことは、当事者間に争いがない。そして、前認定のとおり、被告伸也が本件車両を運転中に本件事故が発生し、右車両の後部座席に同乗していた亡淳志が死亡したのであるから、被告伸也には、自賠法三条に基づき右事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

2  被告義雄、同フミコの責任

証人橘雄二の証言、原告英夫、被告伸也、同義雄の各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、被告伸也は本件事故当時、日本大学高等学校の二年生(一七歳)であつて、被告義雄、同フミコのもとで扶養、教育、監護されながら、右高校に通学していたこと、右高校は、学校規則により自動二輪車の運転免許の取得及び乗車を厳しく禁止し、その違反に対しては停学もしくは退学の処分をもつて臨んでおり、現実に被告伸也は、本件事故後に退学処分を受けたこと、ところが、被告フミコは、右学校規則に違反し、昭和五二年四月初め、後に被告伸也がアルバイトをして車両購入代金を返済する約束のもとに、同被告に対して本件車両を買い与え、同車両の強制保険料も支払つたこと、被告義雄もまた、右車両購入後にこれを承諾したこと、被告フミコは、本件車両購入時、被告義雄の仕事を手伝つていたのみで、格別の収入があつたわけではなく、右車両購入代金も実質上は被告義雄の収入の中から支出されたものとみられること、本件車両は夜間、被告義雄、同フミコ方の家屋の庇の下に保管されていたなどの事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の身分関係、生活状況、前記自動二輪車に関する学校規則、本件車両の購入経違、保管場所等の事実関係に照らすと、被告義雄、同フミコは、ともに自賠法三条所定の「自己のために自動車を運行の用に供する者」に当たると解すべきであり、したがつて、被告義雄、同フミコには、自賠法三条に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

五  損害について判断する。

1  亡淳志の逸失利益

(一)  原告らは、亡淳志の逸失利益を算定するにあたり、亡淳志が大学に進学して卒業後、直ちに父親である原告英夫が代表取締役をしている食肉卸売及び小売業等を営む訴外有限会社小和田屋商店に入社し、三一歳に達するまでは従業員として働き、その後は、会社役員、さらに三八歳から代表取締役にそれぞれ就任し、右地位に相応する収入を得ることは確実であるから、右の点を前提として亡淳志の逸失利益を計算すべきであると主張する。

そして、原告英夫本人尋問の結果によれば、原告英夫は現在右有限会社の代表取締役であり、同会社は役員、従業員、アルバイトあわせて七名程度の小規模の会社で、資本金は三〇万円、年間売上高は二億円を超える業績をあげていること、原告英夫は、亡淳志に右会社経営を引きつがせる希望をもつていること、亡淳志もしばしば右会社の営業を手伝つていたことなどが認められる(右認定を左右すべき証拠はない。)が、亡淳志は、後記認定のとおり本件事故当時未だ一六歳の高校二年生であつて、その将来の就職については幅の広い多様な可能性があつたのであるから、右認定の事実のみによつては未だ原告ら主張の進路を亡淳志が進むものとするに足りず、他にこの点に関する原告ら主張の事実が実現する高度の蓋然性を認めるに足りる証拠はない。

(二)  ところで、成立に争いのない甲第一〇号証によれば、亡淳志は、本件事故当時一六歳の男子であつたことが認められるところ、同人は本件事故によつて死亡しなければ一八歳から六七歳までの四九年間稼働が可能であつたと認められるから、原告が一八歳となり稼働を開始する昭和五四年(高校卒業は昭和五四年三月である。)の賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計の男子労働者の全年齢平均所得である金三一五万六六〇〇円を基礎とし、生活費として五割を控除し、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、右四九年間の逸失利益の死亡時における現在価額を算出すると、次の計算式のとおり、金二六〇〇万九五九四円(一円未満切捨て)となる。

3,156,600×(1-0.5)×(18.3389-1.8594)=26,009,594

2  亡淳志の慰謝料

亡淳志は、本件事故により死亡するに至る傷害を受け、多大の精神的苦痛を被つたことは容易に推認し得るところであり、本件事故の態様、同人の年齢、その他諸般の事情を考慮すると、右慰謝料は金七〇〇万円が相当である。

3  葬儀費用

原告英夫本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、原告英夫は亡淳志の葬儀費用として、金三五万円の支出を余儀なくされたもので、右金額は、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

4  原告英夫、同和子固有の慰謝料

原告英夫本人尋問の結果によれば、原告らは、その間の長男である亡淳志を失い、多大な精神的苦痛を被つたことが認められ、右認定に反する証拠はなく、本件事故の態様、原告らと亡淳志との身分関係等諸般の事情を考慮すると、右慰謝料は、原告らにつき各金一〇〇万円が相当である。

5  好意同乗による減額

本件事故当日亡淳志が被告伸也を自宅に誘つたこと、亡淳志及び被告伸也が喫茶店「ローマ」において、本件事故前に飲酒したこと、亡淳志は、同人方への道順を案内するべく本件車両の後部座席に同乗して右喫茶店から出発したこと等前認定の事実関係(なお、亡淳志が被告伸也を無理に自宅に誘つた事実、飲酒を勧めた事実についてはこれを認めるに足りる証拠がない。)及び本件車両が自動二輪車であり、共に飲酒してこれに同乗することから生じる危険を亡淳志が認識することは容易であつたと推認される(右推認を左右すべき証拠はない。)こと等を考慮すると、亡淳志の損害である前記1、2の合計金額の二割を減額するのが公平である。そうすると、右1、2の残額は計金二六四〇万七六七五円となる。

6  相続

原告らが亡淳志の父及び母であることは当時者間に争いがなく、前掲甲第一〇号証によれば、原告らのみが相続人であることが認められ、右認定を左右すべき証拠はないから、原告らは、亡淳志の右5の損害賠償債権を法的相続分に従い各二分の一ずつ相続取得したものというべきである。

7  合計

以上3、4、6の金額を合計すると、原告英夫においては金一四五五万三八三七円、原告和子においては金一四二〇万三八三七円の各損害賠償債権を有することになる。

8  損害のてん補

原告英夫本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告英夫、同和子が自動車損害賠償責任保険からそれぞれ金七五〇万円の支払を受けた事実が認められ、他にこれに反する証拠はない。

右金額を前記7の損害賠償債務額からそれぞれ控除すると、被告義雄、同フミコ、同伸也は、各自、原告英夫に対し金七〇五万三八三七円、原告和子に対し金六七〇万三八三七円の債務を負うことになる。

9  弁護士費用

本件事案の性質、内容、訴訟の経緯、認容額等諸般の事情を考慮すると、原告らが本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る弁護士費用は、各原告につき金九〇万円と認めるのが相当である。

10  合計

以上によれば、原告英夫、同和子が被告ら各自に対し、本件事故による損害として賠償を求め得る金額は、原告英夫につき金七九五万三八三七円、同和子につき金七六〇万三八三七円となる。

六  以上の次第で、原告らの被告らに対する本訴請求は、被告らに対して連帯して、原告英夫において金七九五万三八三七円及びこれに対する本件訴状が被告らに送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和五五年一月一六日から右支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告和子において金七六〇万三八三七円及びこれに対する本件訴状が被告らに送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和五五年一月一六日から右支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める各限度で理由があるから、右限度でこれを正当として認容し、その余はいずれも理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 仙田富士夫 芝田俊文 古久保正人)

別紙 逸失利益計算書

1 22歳から31歳まで 金9,302,076円

130,000×(1-0.5)×18×(5.8743-5.1336)=866,619

136,500×(1-0.5)×18×(6.5886-5.8743)=877,517

143,300×(1-0.5)×18×(7.2782-6.5886)=889,377

150,500×(1-0.5)×18×(7.9449-7.2782)=903,045

158,000×(1-0.5)×18×(8.5901-7.9449)=917,474

166,000×(1-0.5)×18×(9.2151-8.5901)=933,750

174,200×(1-0.5)×18×(9.8211-9.2151)=950,086

183,000×(1-0.5)×18×(10.4094-9.8211)=968,930

192,000×(1-0.5)×18×(10.9808-10.4094)=987,379

201,600×(1-0.5)×18×(11.5363-10.9808)=1,007,899

合計金 9,302,076円

2 32歳から38歳まで 金9,473,760円

300,000×(1-0.5)×18×(15.0451-11.5363)=9,473,760

3 39歳から67歳まで 金45,053,883円

490,000×(1-0.5)×18×(25.2614-15.0451)=45,053,883

4 総合計 金63,829,719円

以上

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